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2006年7月6日(木曜日)

調理師という生き物(三國シェフの傷害事件)

カテゴリー: - kagawa @ 17時02分49秒

過日、以下のような報道がされた。

 この『カリスマ』と称される三國調理師は、 1954年北海道留萌管内増毛町で生まれる。父は漁師、母は農家という家庭の三男坊。詳しく知りたい方はこのブログ(ブログ名:留萌ブログ)に詳しい経歴が記してあるのでそちらでご確認を。
 この調理師について私自身、少し前になるが伝手で拝顔したことがある。そのときの印象とすれば、よく見かける笑顔の写真と違う目つきの悪さであった。まぁ、取り巻きにいた男たちの目つきの悪さもかなりの物があり、かなり引いた記憶がある。
 その目つきを知っている身としては、この事件が起こったとの報道を見た瞬間、至極当然という感覚だけが生じていた。それに加えてある程度の権力を握った調理師の行動を聞き及んでいるから尚更である。
 その中の一つを例示すると、従業員が誰から見ても正当な主張をしているにもかかわらず、それに対しての反論ができなくなった途端にその上司に当たる調理師は、従業員につかみかかって殴ろうとした、という物で、そのときふるわれた拳は、幸いにもその従業員の頭を擦っただけで済んだ。
 それに類する話は、よく耳にする。結局のところそれは曲がった『師弟関係』がなせる技なのかもしれない。確かに調理師の世界には、中卒などの年端のいかない子供が入ってくることがある。幾ら社会に出たとはいえ、社会の右も左も分からない子供を相手にするときには、多少なりとも厳しさを教えなければならないだろう。たぶん、この調理師も15歳で調理師の道を選んだのだからそのようなことも経験してきたと考える。
 そのような経験をした場合、ある程度きちんとした学業と経験を修めてきた人は、自分が上司になったときには、もっと他の方法という物を考えて指導をする。しかしある程度以下の学業や経験しか修めてきていない人間は、別の指導方法を考えるだけの知識が無く、自分も同じようにしか指導ができない。これは、家内制手工業的な小さい会社では問題はないが、ある程度以上の規模の会社になったときには、その人にとって致命的な欠点となる。

 この事案の場合、その社員に対して幾度となく指導をしていたとあることから、そのうちの幾度かは同様な暴力行為が行われていた恐れが考えられる。
 ゲンダイネットには、

シェフは部下の仕事が遅いことにイラ立って殴ったらしいが、イライラの理由はほかにもあった。バブル期にもてはやされたミクニは事業の拡大路線に走り、手を広げすぎて「味が落ちた」と客足も減り、さらにはイタリアンの人気に押されて苦戦。経営者としてストレスがたまっていたのでないかともっぱらだ

と、ストレスの八つ当たりで社員に対して暴行を働いたとの観測を示している。仕事が遅いことに苛立つのは、調理師の思考原理に『考えるな、まずは動け』という場当たり的な物が存在していることも原因であるから強ち間違いないであろう
 ただ一つ間違いがあるとすれば、『手を広げすぎて「味が落ちた」と客足も減り』との記述があるが、元々三國調理師は、美味しい物を作っていたわけではない。そのことは、昭和60年に開業した東京・四谷の仏料理店「オテル・ドゥ・ミクニ」を開店当初に行った人の話によると、『大したことがなかった。』との感想を述べている。
 確かにそれまでのフレンチとは違い、素材の味などをそのまま出している野趣あふれる料理法は、見た目など特筆するに値するが、それは三國調理師の幼いときの食生活が根本であり、それ以上の物ではなかった。
 確かに料理を見る限りにおいて手先の器用さはあるようだが、味覚に至っては少々難ありというのが本当のところだろう。札幌のステラプレイス(札幌駅ビル)のレストランもローカル報道では褒め称えているが、それ以外のところからあまり芳しい話を聞いたことがない。その点からも『客足も減る』のは、必然であったと考える。
 またこの様な状態になってしまった原因は、『食に関する知識不足』という致命的欠陥がそうさせていると考える。少し前にTV番組に出演した三國調理師は、ある魚介類を示して『このあたりのは天然物だから旨いんだ』などというコメントをはいていたが、実際そこは、かなり前から養殖してある程度成長させた子供を海に放しているところで、本当の意味での『天然物』ではなかった。
 このことが誰も知らないような情報であるならそういう間違いも致し方がないが、『食』に関わる人間にとっては周知の事実にもなっている情報であり、間違うこと自体恥ずかしい物だ。特に『食』に関してこだわりを持っているように振る舞っていて、発言がある程度以上の影響力を持つならそれくらいの情報を得ていないといけない。
 結局のところ、客足が減った原因は、『味』という因子ではなく、『底の浅さ』に客が気づき始めたと言っても過言ではないだろう。幾ら夫人が政に長けていると言っても露出している人間の不出来まではどうしようもない。

 話をこの事案に戻すと、47歳(報道によっては46歳)の営業担当のスーパーバイザーであった被害者社員を周囲に他人がいるにもかかわらず平手打ちではなく拳で殴ったとなれば、激昂したと言う理由もにわかに信じられない。それも利き手ではなく左手でというからには、元々その社員を殴るつもりがあったと考える方が普通であろう。それとも三國調理師は、他人を殴ることが癖になっていたのだろうか。もしそうなら救われない性質である。
 そうでないにしろ少々勘ぐらせていただくと、経営不振とまでは行かないが、思うように右肩が上がらない状態の経営が続き、『あの料理では客は呼べない』と社内での求心力が失われてきていたのかもしれない。そこでそれを取り戻すために少し脅してやろうと考えたが、それは一般的に受け入れられる行為ではなかったと言うところだろう。
 考えれば、封建的な調理師の世界ならこの様な告発を受けなかったかもしれない。周囲から持て囃され自身の身の丈を考えずに調理以外のことに手を出したため生じた事案であり、自己陶酔さえしなければ防げた不憫な話でもある。

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2006年6月15日(木曜日)

YOSAKOIソーランの疑問◆文正と不公正)

カテゴリー: - kagawa @ 14時09分40秒

 このイベントの発案者であり主催者でもある長谷川何某君は、講演などで自分がプロデュースするイベントの全体予算内の補助金についてその占める割合を他の祭が20〜30%貰っているがこのイベントは1.5%〜2%と話している(第1回目は30%程度だったらしい)。これによって行政側から独立してイベントを開催しているとしているが、幾ら少ないからと言って貰っていることには代わりはないし、このイベントが他の社会的慣習のある祭と同列ではないことを分かっていないのだろうか。
 そもそも行政側からの補助金という物は、市民の税金でまかなわれている物である。そういう性格の金銭を受け取っておきながら実行委員会は、札幌市民に対して一切の収支報告などの情報公開をしていない。
 幾ら少ないと弁明しても公金を使用していながらそれに対しては報告する責任があると考えるが、それを実行しないという不明瞭な実行委員会が行っているイベントが、まともな物であろうか。加えて前回も書いたが実質的運営は、ヨサネットという営利法人が行っていると言っても過言ではないこのイベントに公金を投入する意味があるとは考えられない。
 上田市長は、自サイトの基本姿勢に

『市役所は税金として、市民のお金を徴収し、使っています。使い道はきちんとお知らせする。使い道の決定過程も明らかにする。私は、こうした当たり前のことが当たり前に通る市政にとりくみます』

と記している。しかしそれはこのことに関して守られていないと考える。市民にとって使途不明な補助金を税金の中から拠出している以上、表彰式の時後ろでにやけた顔を見せる前にそれを市民に対して公表するよう迫るのが当然ではないだろうか。それとも実行委員会から内々に提出された収支報告を持って処理をしているのだろうか。どちらにしても市民に対して不義理を重ねているに違いない。
 また、ヨサネットのサイトとよさこい公式サイトについては、前回も補足的に書いたが、双方とも『リンクフリー』では無い。リンクしたければ問い合わせろと言うことだろうが、運営会社サイトはともかく公式サイトが『リンクフリー』でないイベントは見たこと無い。そんなにリンクをして貰いたくないのか、それとも自分たち(特に長谷川何某君)が、気に入ったところとしかリンクを認めないと言うことだろうか。穿った考え方をさせていただければ、賛同してくれるところしか相手にしていないという、閉鎖的考え方からなのかもしれない。まぁ元々実行委員会の不透明さを際だたせているのは、その閉鎖的な組織運営というのが原因であるから強ち間違いではないと考える。
 しかし閉鎖的運営を許される組織というのは、ごく限られていることを分かってないのだろうか。そしてこのようなイベントを催す組織は、それに属しないことぐらい当然であり、特に行政から補助金をいただいている組織ならなおさらである。
 もしかすると『リンクフリーではない』というのは、当初から存在する根強い反対意見に対しての防衛策だろうか。ネガティブな意見が書かれているサイトからのリンクを防ぐためかもしれない。しかし何事をするに当たっても賛否両論入り乱れるのは仕方がないことである。しかしそれをどう処理するかによって大人の組織か子供のごっこ遊びかに分かれると考える。今の実行委員会やそれに付属する組織についてネット上で調べる限り、お山の大将が子分を引き連れてごっこ遊びに興じているとしか見えない。しかしそれを認める土壌がなければごっこ遊びで終わるはずなのだが、なぜかそれを受け入れる日本、特に北海道の大人たちが存在する。いやはやその見識の浅はかさには呆れて物が言えない。初めは秘密結社ごっこでもよかったかもしれないが、今の規模になった場合それでいいわけがない。しかし今もなお閉鎖的な組織運営を続けていると言うことは、実行委員内の年寄りどもは注意していないと考えられる。たぶん長谷川何某君に煽てられ、役職に就けて貰い、いい気になっているのかもしれない。
 このことに限らず今の60代の大半は、おだてられると言う言葉の本質を分かっていない。おだてるとは煽てると書き、あおるという漢字を当てる。要するにおだてるとは、相手に都合のいいような言葉だけを並べて気分を高揚させ煽ることであり、決していい意味の言葉ではない。しかしこの年齢の特に重要な位置に鎮座している人間は、なぜかおだてに乗ってしまう傾向が見られる。やはり集団就職などで『金の卵』などと煽てられてきたからだろうか。それともほめるとおだてるの意味差を全く理解していないのだろうか。どちらにしても良いようにあしらわれていることに気づくべきである。
 結局のところ、現状の運営組織全体は、ライブドアなどの似非IT企業と何も変わらないような気がする。図々しく、金に固着し、秘密裏に事を運ぶ…そう考えると土台を形成している因子は、同じなのかもしれない。
 もしそうであるのならこのまま成長を続ければ、先例を上げるまでもなく間違いなく国益に反する組織となる可能性が高い。そしてそれが現実になろう物なら後援してきた企業や行政は、国賊の誹りを免れないだろう。それを防ぐためや勘ぐりすぎに終わらせたいのならこの組織をただのイベント屋と考えることをやめた方が良いのかもしれない。まっとうな組織であるならしないようなことをしている以上、そう思われても仕方がないことだと考える。

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2006年6月12日(月曜日)

YOSAKOIソーランの疑問(道路占用)

カテゴリー: - kagawa @ 14時30分18秒

 今年も北海道でも特異なイベントである『YOSAKOIソーラン祭ウィキペディアロゴ注1・2』が終了した。いつものことではあるが南北大通4丁目から10丁目までを土曜日は半日以上(9:30〜22:30)、日曜日は9:30〜18:30(その後大通6丁目線と8丁目線を22:30まで)を車両進入禁止にして行われた。しかしこのような車両進入禁止を一営利法人のイベントで行っていいのだろうか。
 このイベントは、『株式会社yosanet(以後ヨサネット)注2』によって運営されていると言っても過言ではない。なぜなら一応実行委員会のような物(YOSAKOI ソーラン祭り組織委員会)があるが、現会長がヨサネットの取締役である中田輝夫(株式会社ナカタ取締役)氏であることや問い合わせのメルアドのドメインが@yosanet.comということから、事実上ヨサネットと委員会は同体と見ても間違いはなく、会計上どうなっていても実質的にイベントはヨサネットが運営していると言えよう(会計報告は公表されていない)。
 その営利法人が行うイベントに対して幾ら占有に係る費用を払っていても半日以上の道路の占有を認めることは些か行きすぎの感を否めない。
 本来、道路という物は、その道路に危険性の高い欠陥や障害がない場合において通行の自由が保障されている(道路の有する自由通行権)。もしその道の通行を制限や禁止する場合には、必要書類の提出を行い、占用面積を必要最小限にしなければならない。基本的に幹線道路や交通量の多い道路に関しては、完全に封鎖しての占用は前記事由がなければ認められないはずである(道路法第46 条第1項)。一応道路法第46条第1項は以下の通りである。

第四十六条(通行の禁止又は制限)
道路管理者は、左の各号の一に掲げる場合においては、道路の構造を保全し、又は交通の危険を防止するため、区間を定めて、道路の通行を禁止し、又は制限することができる。
一  道路の破損、欠壊その他の事由に因り交通が危険であると認められる場合
二  道路に関する工事のためやむを得ないと認められる場合

 基本的に通行禁止・制限は、以上の項目でしか認められない。しかしYOSAKOIに限って言えば、どう解釈してもそれに当てはまらない。また使用している道は、平日休日問わず交通量の多い場所であり、市街中心部では重要な幹線となっている。そこをYOSAKOIでは、完全閉鎖をして占用ができる。このことはどう考えても合点がいかない。当該道路の管理者である札幌市はそのことに関してどのように考えているのだろうか。ただ、名誉会長に現市長の上田氏の名前が記されていることを考えると、だいたいの想像がつく。
 市民の財産である市道や公園を一営利法人のしくんだ乱痴気騒ぎの為に半日以上の占有使用することを誰も問わないのだろうか。北海道のメディアやマスコミは、批判をして放映権などの利権を失うことに対して及び腰になっている。これには内実がよく分からない組織(広報委員会)が絡んでいてそこに属していないメディアやマスコミに関しては、写真肖像権の使用を認めていないという物もある(関連リンク:BNN)。これについてはどうしても袖の下を持ってこないところは排除するという臭いがどうしても払拭できない。まぁ、自由に写真を撮らせることになると、それを用いた写真集などが出版され、公式写真集の売れ行きに影響が出るというのかもしれないという商売上の絡みかもしれない。
 少々話が逸れたが、道路という物は、何人たりとも認められた事由がない限り、通行の制限や禁止、もしくは交通に支障が出るおそれのある行為をすることはできない(道路法第43条第1項の2「道路に関する禁止行為」)。どう解釈してもYOSAKOIは、交通に支障が出るおそれがあるように思える。
 これらからも分かるように道路管理者が如何にこのイベントを特例的扱いをしていたとしても法律を超える特例は存在しない。明らかにこれは『やり過ぎ』である(道路交通法には道路の通行の禁止・制限に関わる直接的な条文はありません。第77条「道路の使用の許可」は基本的に交通の妨害になることを許可していません。もしこれを持って許可されているとするのなら所轄警察署長(現中央署長:渡辺氏)が実情を知らなすぎということになる)。
 やり過ぎではあるが、結局のところなし崩し的に15回に渡って道路を占用している。この状態を例えるのなら『竹島問題(リンク先:外務省)』と同じような気がする。実効支配などの既成事実の積み重ねを持ってあたかもその行為自体を当然の行為として正当化している様などは、酷似していると考える。この方法は、正攻法で認められないような物を認めさせるような場合に多用される物でもある。

 初めにも書いたとおり、このイベントはただの営利法人が主催している物である。多くの公益を無視して特定の営利法人に対しての利益を優先するこれら行政側の行為は、市民に対しての背任行為でもある。
 また通行規制という物は、どのような場合であっても通行者の利益を最優先にし、不当にその利益を侵害してはならない物だと考える。その原則から逸脱してしまっているイベントは、存在していてはいけない物ではないだろうか。一部の利益を優先するような行政は、その役目をなさない張りぼての物とかしてしまうであろう。行政側がこのイベントを北海道を代表するイベントにしたいのなら、不特定多数に迷惑のかかる今の方式を見直し、実情に即したイベントに導いていかなければならない。補助金を出している以上、至極当然の話である。

注1:ウィキペディアの項目にリンクを張っている物にはこのマークがつきます。
注2:公式サイトが存在していますが、なぜかリンクフリーではなく直接リンクを張ることができません。そこでウィキペディアとグーグルにリンクを張っております(リンクを張ることによる公式サイト側からのクレーム回避のため)。

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2006年5月13日(土曜日)

信頼を失った「食品安全委員会」

カテゴリー: - kagawa @ 13時40分51秒

 平成17年7月に発足した『食品安全委員会』の独立性を疑う発言が、委員会の委員の一人から出てきている。
 彼は、国の審議会や検討会の委員を務めたことを自慢すると同時に、審議会や検討会が行政の「隠れ蓑」としての役割を果たしてきたことを認めた上で、米国産牛肉の安全性を審議してきたプリオン専門調査会に対し「期限も考えず、十回も続いた。厚生労働省や農林水産省は、さぞイライラしただろう」と述べている。
 つまり彼は、専門調査会の事務局が方向性を決め、先導したにもかかわらず、事務局が決めたレールに乗らなかったことに対する行政側のイライラを代弁したのである。さらに専門調査会の答申に「科学的評価は困難である」という文言が入ったことで『食品安全委員会』は、報告書の中で「データが不十分で科学的評価が出来ない」と述べている。
 このことに対しても彼は『食品安全委員会』の失敗を認めることはせずに「委員会が未熟だった」と弁解している。
 『食品安全委員会』は、発足当初「科学的に評価する」「公正・中立・独立して調査する」を掲げてスタートしたはずである。この基本理念を彼は忘れてしまったのか?「未成熟」と言って逃げて良いのか。国民に説明責任を果たす義務があるのではないか。
 『食品安全委員会』の委員の中にこの様な人がいる限り、日本の食品の安全は、守られないことは明白である。今一度スタート地点に戻り、委員の人選からやり直していただきたいと考える。

寄稿:『北 昭』氏

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2006年4月3日(月曜日)

消費者団体訴訟制度の在り方と消費者団体

カテゴリー: - kagawa @ 13時16分13秒

 消費者団体訴訟制度については、消費者契約法制定に際しての衆参両院における附帯決議(平成12年4月)、司法制度改革推進計画(平成14年3月閣議決定)等において、その検討の必要性が指摘されてきました。そしてそれを受けて平成16年4月に『国民生活審議会消費者政策部会』内に『消費者団体訴訟制度検討委員会』が設立されました。
 同委員会に於いては、平成16年12 月に『消費者団体訴訟制度の骨格について(PDF文書)』を報告。その後、平成17年6月に『消費者団体訴訟制度の在り方について(PDF文書)』という報告書が提出されました。
 この制度は、昨今、消費者契約に関わるトラブルが増加しており、その内容は一段と多様化・複雑化している中で、消費者の利益の擁護を図るための仕組みとして、消費者団体が消費者全体の利益のために訴えを提起することを認める制度(消費者団体訴訟制度)を導入する必要性が高まりを見せていることから策定をされたものです。

 確かに今現在、何かの不法行為を見つけたとしてもその直接の被害者ではない場合、消費者団体は、その会社や組織を訴えるような法制度にはなっておりません。これには、時代遅れとも言える『実損主義』が根強く法曹界の思想にこびりついていることが原因と考えられます。損害を受けた人以外の人間には、訴訟を起こす権利がないとも取れるこの主義は、消費者問題を語る上で目の上の瘤以上の邪魔な考え方だと思います。確かに損害を受けた人は当然訴訟起こす権利があります。しかし目に見えない不法行為の場合やハッキリとした損害意識をもてない場合、誰が訴訟を起こすのでしょうか。その為にこの制度の検討が始まったと言えると考えられます。

 しかし本来ならその様な争議の為に『消費者団体』という組織が存在していると考えますが、実際上、その様な行為を出来づらくしています。本末転倒的な状態を打破するにはこの制度は有用かも知れません。
 但し、昔から存在する消費者団体みたいな直向きに真実を追いかけようとしている誠実な団体が存在していることが条件だと考えますが、昨今の消費者団体やその類の組織は、己の利益追求型や無駄に大きくなった組織維持のために利益誘導型組織に変貌しているところが多いように思えます。元々消費者団体は損得勘定を別にした、下世話的には金勘定なんてしなくてもいいような人達が、手弁当で行っていた物でした。もしその様なところが訴訟を手がけるとすれば安心して任せられるかも知れません。しかし利益を追い求めていかなければならない状態の組織だとしたら途中で寝返るまで行かなくても適当なところで手打ちしてしまう恐れがあると言っても過言ではないと考えます。

 その為だと思いますが、この『消費者団体訴訟制度』には『適格消費者団体』という言葉があります。これは、

消費者団体訴訟制度が、消費者全体の利益を擁護するため、一定 の消費者団体(適格消費者団体)に対し差止請求権を認める制度で ある(「消費者団体訴訟制度の在り方について」より抜粋)

という物であり、以下の三点が観点の基本としてあげられています。(「同上」より抜粋)

  1. 消費者全体の利益を代表して消費者のために差止請求権を行使できるかどうか (消費者利益代表性)
  2. 差止請求権を行使し得る基盤を有しているかどうか(訴権行使基盤)
  3. 不当な目的で訴えを提起するおそれはないか (弊害排除)

 どの項目も一々もっともだと思う項目です。ただこの『適格消費者団体』という認定制度には、少々裏があるような気もしてなりません。確かにライバル組織の息の掛かった団体や若しくはその為だけに団体を作り訴訟を起こされたは、正常な商活動にまで深刻な影響が生じる恐れがあります。その為には必要な物だと思います。
 しかしだからといってそれを有しているかの判断に法人格の有無や、組織の規模・実体などだけで事足りる物でしょうか。一応『消費者団体訴訟制度のあり方』では、『適格要件の具体的な在り方』と言う項目があります。それには、

  1. 法人格
  2. 団体の目的
  3. 活動実績
  4. 団体の規模
  5. 事業者等からの独立性
  6. 組織運営体制、人的基盤、財政基盤
  7. 反社会的存在等の排除

とあります。これらから国としての別の目的も伺えるような気がしますが、それは追い追い記すとして、法人格については、補足に

近年、NPO法人制度や中間法人制度が新たに創設され、非営利団体が比較的容易に法人格を取得し得る環境が整備されてきている。(中間法人:「社員に共通する利益を図ることを目的とし、かつ、剰余金を社員に分配することを目的としない社団」)

とあります。しかし前に書いた『是が非のNPO法人』で記しているようにNPO法人にはまだ克服しなければならない事項があります。それに『書類審査』だけの団体が法律に規定されているからと言って『権利・義務能力のある団体』とするのは些か問題があると考えます。もしこの様な制度にNPOを利用する物であるのなら法律の抜本的な改変が必要だと考えます。
 2〜4項目は、当然として5項目目にある『事業者からの独立性』については、絶対外してはいけない項目だと考えます。当然と言えば当然なのですが、現行の『制度のあり方』では、

特定の事業者の関係者もしくは同一業界関係者が当該機関の構成員(役員)の一定割合以上を占めないようにすることが求められる。

とされていますが、これではまだ不足だと考えます。確かに上記の引用文については、必須な物です。しかし一部の消費者団体では、推奨品として様々な商材を扱っています。そして扱う以上その生産者や団体と密接な関係を築いていることは、想像が容易に出来ます。ですから幾らその関係者が、当該機関の構成員(役員)になっていなくとも影響を与えることは充分に可能だと考えます。それらの意向が反映されないという保証は全くありません。また議事録にも載らない闇の部分での話になりますから、その分厄介になるはずです。
 確かに完全に孤立した組織という物は存在しません。なにかしらのしがらみが生じるのは仕方がないことです。しかしこの場合、それを是としていいのでしょうか。この場合には否と言うべきだと考えます。完全に影響力を排除したいのなら、その類の消費者団体は、適格団体として扱わない方がよいと考えます。

 6項目目は、それらを全部実行可能な団体は、すでに身動き一つ取るのにかなりの制約や迅速性を持ち合わせていない可能性が考えられます。確かに何処の馬の骨だか分からない組織では、問題があります。ですが本来スタンドプレーから生じるチームプレーという物が消費者団体に必要ではないかと思います。過去を紐解かなくてもこの様な行動が、様々な問題を解決してきたことを考えると、組織の体制云々よりもっと必要な物があるのではないかと考えます。6項目が指し示す組織は、何事をやるにも顔色伺いをする営利企業と大差がないように感じます。

 7項目目にある反社会的存在などの排除という項目は、5項目同様厳密に行って貰いたい項目です。この『制度のあり方』では、『暴力団等』と記載されていますし、等の部分には、極左や極右集団も含まれると容易に想像尽きますが、それ以外の国益を侵害する恐れのある団体や集団は、如何にして排除できるのでしょうか。その類に含まれている団体や集団を行政機関などが全て把握しているとは考えられません。一応『適格要件への適合性判断の在り方』や『事後的担保処置』という考え方が記載されていますが、それだけで完全に排除が可能でしょうか。反社会的存在という集団が、国家レベルで規定されていない現状では、それは無理だと考えます。また何を以て『反社会的』存在と定義づけるのか、また突き詰めれば国益に適うことを掲げている団体もその時の世論的に反社会的存在となっていた場合には、どのような対応するのか。何も『反社会的』と言われる団体が、革マルや共産党だけではないのですから。

 これ以降にも『消費者団体訴訟制度の在り方について』には様々な場面を想定しての記載されていますが、お分かりの通りこれは単なる制度の『在り方』を書いているだけであり、何ら拘束をする物ではありません。ですから『こうあるべきだ』や『この様にしたい』という部分で語られています。これからこれが制度として形になっていく内にもっと緩い制度になるかも知れません。ただ、緩い制度と完成したときには、それに不具合や不備が存在したとしても『悪法も法』と言うことになります。しかしたぶん利権の絡む過去の事例を鑑みれば、この『在り方について』より緩い制度になることは、火を見るよりも明らかではないでしょうか。その時にこの制度が団体訴訟の足枷にならなければよいのですが。

 さて、もしほぼこの通りの制度が出来たとしてそれで『食の安心・安全』を守ることが出来るのでしょうか。現状では『不可能』だと考えざるを得ないと思います。なぜならこれによって守られるのは、業者からの不当な契約条項や不当な勧誘だけだからです。確かに『詐欺』行為に対して集団訴訟を起こしやすくするという意味合いでは、意義のある制度だと考えます。しかし、それだけでしか無いとも言えます。それはこの制度の基礎となっている物が消費者契約法である以上致し方がないのかも知れません。
 しかし今までこのブログで書いてきたことを振り返っていただければお分かりになると思いますが、『食』の世界でも見逃していけないような事案が発生しています。その時一個人が、小さくても企業や農家を相手にして何処まで係争できるでしょうか。私財をつぎ込んで解明したとしてそれが酬われるのでしょうか。実際的には、個人的にその様な行為をした場合、それに類する企業や農家などから嫌がらせを受ける恐れの方が多いと考えられ、実際にもその様な事例が存在しています。この様なことを防ぐためにこの制度の範囲を広げるべきだと考えます。最終的に刑法に触れる物ばかりが、消費者の利益を損なうわけではないことを考えると至極当然だと考えます。

 この制度が完成し施行されたとき『適格消費者団体』を取得できるのは、消費者団体でも大手と言われるところだけでしょう(若しくは小さくても政治家に強いコネのある団体が指定される可能性もあります)。そして黎明期から存在する所謂『手弁当』的団体は、それを取得できなくなるでしょう。取得できなければ、その団体は消費者団体として何が出来るのでしょうか。相談にのってもそれ以上のことが出来ない団体に消費者が相談事を持ちかけるでしょうか。何か発表したとしても真剣に取り合ってもらえるでしょうか。もしかするとこの制度は、誠実な消費者団体の落日を早めるか存在理由を失わせる一因になるかも知れません。

 かつてソ連(現ロシア)のゴルバチョフ大統領が『日本は世界で一番成功した社会主義国だ』との発言をご存じな方もおられるでしょう。昨今はそうでもないような気がしていますが、でももし社会体制の根底がそうであるなら、その体制は『体制に従順な国民(消費者)』を求めます。その様な社会では、誠実な消費者団体は、反社会的存在でしかないのです。考えすぎでしょうか。


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